硫黄島からの手紙。☆
うーーーーーーーーん。
急ごしらえな感じがそのまま出てる気がするなあ。
メイキング映像で、イーストウッド監督はかなり大胆に役者やスタッフに預けてしまうことに驚いたことがあった。
これがイーストウッド演出の魅力の秘密か!と深読みしたこともあったが、それが今回は裏目に出たか。
星条旗」はイーストウッド監督にしてはメッセージ性を遠慮せずに盛り込んだ印象だった。戦場の若いアメリカ兵たちの無垢な描きぶりには少々違和感も感じるほどだった。
手紙」にもそういう意図はあったのかもしれないが、それはなぜかあやふやで、焦点を結ばない。対立の構造も、変化して行く状況も、物語の推進力にはなり得ずもどかしい。
お手軽なカタルシスのためのご都合主義的構造を慎重に避けることがこれまでの作品の魅力であったことは間違いないが、そこには慎重に練られた意図を感じた。
今回はちぐはぐな印象。
脚本の不出来。これが結論だろう。
これまでの作品が好きなだけに言いにくいが、ひょっとしてもしかすると今までほどのエネルギーを注いだとは言えないのじゃないかと勘ぐった。
二宮君は評判ほどかはさておきなかなかの役者ぶりで、今後が楽しみ。加瀬亮は見事。はまった。渡辺謙は演出の意図との兼ね合いもあってか演技の振幅が未整理な印象。
全体の色を薄くして爆発の火炎の色だけ彩度を高くした処理はわざとらしいと思った。
というわけで、今日の名言。
「手抜きはよくない。」
土曜日, 12月 23, 2006
たそがれ清兵衛 ☆☆
田中泯(たなかみん)につきる。
声。存在感があり、濃密で重い。それでいて静かで、澄んでいる。いったい誰だろうと最初の一声から気になった。
決闘場面でのさすがに鍛え上げた動作。見惚れる。
事切れる最後の芝居もまた見事。
この死に様の解釈はきっと田中泯だろうと想像した。山田監督ではないと思う。
訓練ということを考えた。
天才的な役者というのはいるだろうけど、それから田中泯もその一人かもしれないけれど、この映画で田中泯が見せるすごみは十分な期間厳しく訓練された者にだけ可能なことじゃないかと考えた。
バガボンドの武蔵は天下無双を志し、生死の境を何度もくぐり抜け、そして剣さえ必要ないという境地に到達した。にゃむ。
あの武蔵のように訓練によってだけ到達できる境地。そういうことを思った。
ん?なんだ?こう書くとなんか当たり前すぎることになってるな。
いや、だから。
たとえば、スターと呼ばれる役者の魅力は天性の資質によるところ大で、訓練の痕跡は無粋と疎まれることさえあるだろうけど、この映画で田中みんが見せる魅力は、訓練によってのみ表しうる種類の魅力でありました。ということです。これで言えたのか?
山田監督の映画にはやはりイデオロギー臭が残る。
出世を目指すのは醜いことってのは単純すぎやしませんか?それ以前に、映画をある主張を伝えるために撮るならそれはプロパガンダ映画と同類だ。
田中泯の顔を緑に塗るのは余分だった気がする。
さて、今日の名言。
「子供にはちょとぐらい無理矢理でも習い事続けさせた方がいいな。」
田中泯(たなかみん)につきる。
声。存在感があり、濃密で重い。それでいて静かで、澄んでいる。いったい誰だろうと最初の一声から気になった。
決闘場面でのさすがに鍛え上げた動作。見惚れる。
事切れる最後の芝居もまた見事。
この死に様の解釈はきっと田中泯だろうと想像した。山田監督ではないと思う。
訓練ということを考えた。
天才的な役者というのはいるだろうけど、それから田中泯もその一人かもしれないけれど、この映画で田中泯が見せるすごみは十分な期間厳しく訓練された者にだけ可能なことじゃないかと考えた。
バガボンドの武蔵は天下無双を志し、生死の境を何度もくぐり抜け、そして剣さえ必要ないという境地に到達した。にゃむ。
あの武蔵のように訓練によってだけ到達できる境地。そういうことを思った。
ん?なんだ?こう書くとなんか当たり前すぎることになってるな。
いや、だから。
たとえば、スターと呼ばれる役者の魅力は天性の資質によるところ大で、訓練の痕跡は無粋と疎まれることさえあるだろうけど、この映画で田中みんが見せる魅力は、訓練によってのみ表しうる種類の魅力でありました。ということです。これで言えたのか?
山田監督の映画にはやはりイデオロギー臭が残る。
出世を目指すのは醜いことってのは単純すぎやしませんか?それ以前に、映画をある主張を伝えるために撮るならそれはプロパガンダ映画と同類だ。
田中泯の顔を緑に塗るのは余分だった気がする。
さて、今日の名言。
「子供にはちょとぐらい無理矢理でも習い事続けさせた方がいいな。」
金曜日, 12月 22, 2006
スクラップ・ヘブン ☆☆
リ・サンイル監督って「69」が一番よくて、スクラップ、フラガール、とだんだん下がってないか?がんばれよ。
導入部がいい。
後半力を失う。
派遣掃除夫オダギリジョー、警察庶務の加瀬亮、義眼の薬剤師栗山千明。
この三人が偶然乗り合わせたバスでバスジャックという恐怖体験を共有する。
この設定がいい。この映画の一番いいとこ。
このあと加瀬とオダギリを偶然に会わせないと話が進まないのだけど、そこもいい。
まず、加瀬がいつもの帰宅途中でキャバクラスカウトらしき黒服軍団の強引な勧誘を見かけケンカを売るという夢を見る。
電車の中で目が覚め、夢と同じ現場を通りかかると、同じように黒服軍団にケンカを売るオダギリに出くわす。
追いつめられたオダギリを加勢が救う。
偶然に再会する。
二人の不満。
二人に強いつながりが生まれる。
ということがいっぺんに出来てしかも勢いがつく。よい。
この辺りまでは、お、いけるぞ。と。
その後はだめというかふつう。
なんだかだめなとこはいろいろあるが、とにかく過剰な暴力がヘン。
便所の柄本明。無表情に振るう過剰な暴力。でもそれって柄本のパターンみたいになってるし、強い怒りを説明するための激しい暴力になってしまってる。よくない。
しかも過剰な暴力を、相手を許すためにお互いにとって必要な制裁として描かないなら、薮田はただの暴力好きってことにならないか。人物設定が不適切。
殴り合い、血、こういう要素が逆に人物を平板にしてしまっている。刺激的に描こうという演出家の欲張りな意図があるから、つい柄本の得意芸にはまっちゃったな。
終盤、取調室で加瀬がオダギリを13回殴る。
ここでも過剰な暴力が意味をなしていない。過剰な暴力をオダギリに向けるなら、死ぬ気でいるオダギリをなんとしても救わなければいけない。強引に警官に連れ去られるという辻褄合わせはあるが、オダギリを救う意思がぜんぜん感じられない。なんやねん、イライラしたから殴ったん?そんなに?
この流れでいくなら加瀬も当然死ななきゃいけない。
半分死ぬ気の最後も用意されてるけども、お前ホンマに死ぬ気はないやろ。最初っから。バレてるわ。
さてまあそういうわけでした。
はい、今日の名言。
「暴力はいかんよ、君ぃ。」
リ・サンイル監督って「69」が一番よくて、スクラップ、フラガール、とだんだん下がってないか?がんばれよ。
導入部がいい。
後半力を失う。
派遣掃除夫オダギリジョー、警察庶務の加瀬亮、義眼の薬剤師栗山千明。
この三人が偶然乗り合わせたバスでバスジャックという恐怖体験を共有する。
この設定がいい。この映画の一番いいとこ。
このあと加瀬とオダギリを偶然に会わせないと話が進まないのだけど、そこもいい。
まず、加瀬がいつもの帰宅途中でキャバクラスカウトらしき黒服軍団の強引な勧誘を見かけケンカを売るという夢を見る。
電車の中で目が覚め、夢と同じ現場を通りかかると、同じように黒服軍団にケンカを売るオダギリに出くわす。
追いつめられたオダギリを加勢が救う。
偶然に再会する。
二人の不満。
二人に強いつながりが生まれる。
ということがいっぺんに出来てしかも勢いがつく。よい。
この辺りまでは、お、いけるぞ。と。
その後はだめというかふつう。
なんだかだめなとこはいろいろあるが、とにかく過剰な暴力がヘン。
便所の柄本明。無表情に振るう過剰な暴力。でもそれって柄本のパターンみたいになってるし、強い怒りを説明するための激しい暴力になってしまってる。よくない。
しかも過剰な暴力を、相手を許すためにお互いにとって必要な制裁として描かないなら、薮田はただの暴力好きってことにならないか。人物設定が不適切。
殴り合い、血、こういう要素が逆に人物を平板にしてしまっている。刺激的に描こうという演出家の欲張りな意図があるから、つい柄本の得意芸にはまっちゃったな。
終盤、取調室で加瀬がオダギリを13回殴る。
ここでも過剰な暴力が意味をなしていない。過剰な暴力をオダギリに向けるなら、死ぬ気でいるオダギリをなんとしても救わなければいけない。強引に警官に連れ去られるという辻褄合わせはあるが、オダギリを救う意思がぜんぜん感じられない。なんやねん、イライラしたから殴ったん?そんなに?
この流れでいくなら加瀬も当然死ななきゃいけない。
半分死ぬ気の最後も用意されてるけども、お前ホンマに死ぬ気はないやろ。最初っから。バレてるわ。
さてまあそういうわけでした。
はい、今日の名言。
「暴力はいかんよ、君ぃ。」
日曜日, 12月 10, 2006
ナイスの森 ☆☆
日本のコマーシャルのトップレベルの才能が作った作品だけに、コマーシャルの世界の発想に近いとおもう。
面白い漫才をそのまま持ち込んでもコマーシャルではうまくいかない。
繰り返しの観賞に堪えるには笑えるネタそのものより、新しい見え方の方が有効でしょう。
例えばアイデアを俯瞰するメタアイデアのようなもの。
例えば異化効果やズラすことで見慣れたものに新しい意味を与えるような表現。
おそらく最もラディカルなコマーシャルのアイデアは、コマーシャルとテレビのこちら側とのコミュニケーションの構造そのものを
再構築するもの。
箭内さんがその一人で、佐藤さんは従来のコミュニケーションを本来の意味でラディカルにした人でしょうか。
脱線しますが、中村至男(なかむらのりお)さんとの共著「勝手に広告」おもしろいです。立ち読みですが。
ナイスの森が目指したのも「常識のタガ外し」を標榜するように、新しいコミュニケーション。
志やよし。
さておもしろかったのか。
面白いエピソードとつまらないエピソードと両方あった。
温泉三人娘。奇妙な楽器のエピソード。部活。この辺りには普遍的おかしさがある。笑った。
わからないのもある。やけに長いし。
手練の仕事だから簡単に底が割れないしたたかさは感じる。
たいしたもんだ、と。凝りまくってるなあ、と。
ただこういう映画で思うのは、
目的がタガ外しだと言ってしまえば常識的な批評を無効化できる。
そのことに甘えてませんか?ってこと
そのことが逆に批評にさらされることを恐れることの裏返しにも思える。
辺りをうかがう臆病さがどこかに潜んでる印象を拭えなかった。
おもしろいってどこにあるのかと考える。
この映画は自分たちがホントにおもしろいと思うことを思いっきり自由に表現したというふうに見えますが、おもしろいってそういう風に自立してるのかなあ?
作り手と受け取る側が相互に影響し合う関係性の中にしかおもしろいは存在しないようにも思う。
それから、もう常識の枠組みは十分壊れてない?まだまだ足りない?
破壊があって想像があるというのは分かるけど、今おもしろくて難しいのは構築することだと思うんだけれど。
辛口になってしもた。
日本のコマーシャルのトップレベルの才能が作った作品だけに、コマーシャルの世界の発想に近いとおもう。
面白い漫才をそのまま持ち込んでもコマーシャルではうまくいかない。
繰り返しの観賞に堪えるには笑えるネタそのものより、新しい見え方の方が有効でしょう。
例えばアイデアを俯瞰するメタアイデアのようなもの。
例えば異化効果やズラすことで見慣れたものに新しい意味を与えるような表現。
おそらく最もラディカルなコマーシャルのアイデアは、コマーシャルとテレビのこちら側とのコミュニケーションの構造そのものを
再構築するもの。
箭内さんがその一人で、佐藤さんは従来のコミュニケーションを本来の意味でラディカルにした人でしょうか。
脱線しますが、中村至男(なかむらのりお)さんとの共著「勝手に広告」おもしろいです。立ち読みですが。
ナイスの森が目指したのも「常識のタガ外し」を標榜するように、新しいコミュニケーション。
志やよし。
さておもしろかったのか。
面白いエピソードとつまらないエピソードと両方あった。
温泉三人娘。奇妙な楽器のエピソード。部活。この辺りには普遍的おかしさがある。笑った。
わからないのもある。やけに長いし。
手練の仕事だから簡単に底が割れないしたたかさは感じる。
たいしたもんだ、と。凝りまくってるなあ、と。
ただこういう映画で思うのは、
目的がタガ外しだと言ってしまえば常識的な批評を無効化できる。
そのことに甘えてませんか?ってこと
そのことが逆に批評にさらされることを恐れることの裏返しにも思える。
辺りをうかがう臆病さがどこかに潜んでる印象を拭えなかった。
おもしろいってどこにあるのかと考える。
この映画は自分たちがホントにおもしろいと思うことを思いっきり自由に表現したというふうに見えますが、おもしろいってそういう風に自立してるのかなあ?
作り手と受け取る側が相互に影響し合う関係性の中にしかおもしろいは存在しないようにも思う。
それから、もう常識の枠組みは十分壊れてない?まだまだ足りない?
破壊があって想像があるというのは分かるけど、今おもしろくて難しいのは構築することだと思うんだけれど。
辛口になってしもた。
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